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2012/12/18

映像と音楽の素敵な出会い

大好きな映像作品を2つメモ。
Nobody Beats the Drum「Grindin'」
Garri Bardine「Conflict」(Music:Gruff Rhys「Just War」)

2012/12/02

ブルーノ・ムナーリとマリオブラザーズの関係

ブルーノ・ムナーリの「ファンタジア」 を読んでいます。

「ファンタジア」は、イタリアの異才デザイナー、ブルーノ・ムナーリが1977年に書いた、
デザインや創作作法に関する名著です。

そのp.38の「効果的な対比」について下記に引用します。
びっくりする記述がありました。


2012/09/24

笹公人さんの短歌と念力少女の復活

歌人である笹公人さんの著書を一気読み。

「念力家族」「念力姫」「念力図鑑」「抒情の奇妙な冒険」「笹公人の念力短歌トレーニング」……
どれもこれもグッとくる作品集でした。



笹さんの作風のひとつに、「非現実世界をよむ」というのがあります。


   注射針曲がりてとまどう医者を見る念力少女の笑顔まぶしく


   獣らの監視厳しき夜の森で鏡をはこぶ僕たちの罰


   金星の王女わが家を訪れてYMOを好んで聴けり


現実にはない情景を歌にしています。
それでいて、
あー金星の王女だったら絶対YMO聴くよねえと、異次元の納得をさせられてしまう。
笹短歌の面白いところです。




ここで強調すべき点があります。
笹さんの作品は、設定が良いのではなくて、設定の扱いが素晴らしいのだということ。


例えば、念力少女、というのは既に市民権を得ている表現であり、
笹さんの発明や成果ではありません。

さらに言えば、「念力少女」という単語を用いると、斬新さよりも、
一人ひとりがぼんやりとイメージできてしまうベタな表現として機能します。
つまり、陳腐な単語です

念力少女を扱うということは
・使い古されたイメージ
・しかも現実に存在しない
という二重苦を背負うことになります。

ただし、ここには勝機もあります。
・一人ひとりが使い古されたイメージを持っている、ということは
 このイメージを別の視点から定義し直すことで、驚きを与えられるかもしれない。
・また、現実に存在しないからこそ、
 あらゆる既成概念から解き放たれたような空想を付与できるかもしれない。

ハイリスクハイリターンな縛りプレイです。



そうして、

念力少女に、「注射針を曲げる」「医者が戸惑い少女が笑う」 という新たな関係性が
付与されます。
誰もが気づいていなかったけれど、どこか馴染みのある、知っていたような感覚。
いままで不確かで陳腐だったイメージに、生命が点ったように感じられます。

なるほど、念力少女ならやっちゃうかも、という不思議な感動。
知り合いの、隠れた一面を垣間見たような嬉しさもここには生まれています。




笹さんは、
「あるある」ではなく、「あるかも」が人を感動させる、
といいます。
現実にあるかどうかではなく、信じられるかどうかが価値を決める。
物凄く納得できるところです。

前者は「知識」、後者は「知性」の領域ですね。

「子供はものを知らないだけで、知性はある」 とは宮本茂さんの談ですが、
万人に受け入れられるものを作るには、
知識でなく知性に訴えるような表現を目指すべきだというのは共通するところです。



相対性理論の作詞との類似性を論じたりもできそうですが、
いまのところ余白(やる気)が足りません。
引用だけしてみます。

   わたしもうやめた 世界征服やめた
   今日のごはん 考えるのでせいいっぱい    (『バーモント・キッス』)

なんかわかります。
現代特有の感覚なのかも。


副読として、以前の記事をリンクしておきます。
「ゲーム的なアート」と「ゲーム」を分かつもの

2012/08/06

創作のための非ノウハウ本 7冊

創作活動のための、非ノウハウ本を紹介します。

これらを読んでも、さしあたって何のノウハウも得られませんが、
自分でノウハウを考えたり、何を作ろうかと考えるための手助けになるかもしれません。
即効性はないですが、じわじわくるものを集めました。

以下、7冊紹介です。


2012/06/10

メタタイポグラフィ作品:仮名の輪郭

仮名の輪郭


■目的
・日本語フォントの「あ」~「ん」を全部足すとどんな字になるんだろう。
・原稿用紙の空白マスには、どんな文字が入る可能性があるんだろう。

そんな疑問を確かめてみました。


100均フリーダム / 内海慶一 を読んで

「100均フリーダム」 内海慶一著  が余りにも素晴らしかったので紹介です。

100円ショップで売っている珍妙なデザインの雑貨類を紹介する、という本です。
久しぶりに笑い転げました。
著者様のホームページもありますので是非あわせてご覧ください。

僕が気に入った商品は、
No.3   「亀いちご」 企画が通ったことが奇跡
No.13 「熊ウォッシュグローブ」 !?
No.14 「瓶にサイコロ」 デザインの可能性は無限
No.30 「猿寿司」 人間の思考の神秘

なんてフリーダム!


2012/05/28

日本の美意識とゲームデザイン

「侘び・数寄・余白 アートにひそむ負の想像力」 松岡正剛

ここ数日、「ネガティブのデザイン」について頭を巡らせていました。

ネガティブのデザインとは、余白=場 に意味を生じさせる外枠の作り方、といったような意味です。
ゲームデザインで言うと、スーパープレイをアフォード(誘引)するステージの作り方、という感じ。

どうやって空間をデザインすれば、プレイヤーに良いプレイをしてもらえるのだろう。
そういう考え方が、松岡正剛さんのこの本にガッツリと書いてありました。
衝撃をうけました。

■ネガティブのデザインは、枯山水や、長谷川等伯が体現しているように
連綿たる日本の方法である

というのです。
ゲームデザインについて考えていたら日本古来の美意識とぶつかりました。
面白いです。



■余白=引き算=負から、可能性としての無限を引き出す。
■負と正の交わりに価値を見出す。

という日本独特の方法があります。確かにゲームデザインとして読めます。
こういう元来の感性があるから、ビデオゲーム黎明期においても
日本が活躍できたのかもしれません。

この日本の美意識が理解できれば、
将棋、囲碁という、日本独特のゲームのことも自ずから分かってきます。

■将棋は、歩(負)が金(正)になる。敵(負)が味方(正)になる。
■囲碁は、「余白」「死んだ石」というネガティブの数で争う。

なんて日本的なデザインなんだ、と改めて感動します。



特に囲碁の日本らしさは飛び抜けています。
この本には囲碁のことは述べられていませんが、
日本の美意識が大いに当てはまる点があると感じました。

僕は囲碁というゲームについて

■少ないルールで無限の盤面をリデザインできて凄い

程度に思っていたんですが、実際には

■「少ないルールから生まれた大きな余白の上で、あえて余白を残し、
ポジティブな石をネガティブに使って、間接的に余白に「価値」を付与するところが凄い

と気付かされました。やり過ぎなくらいのこだわりです。

うまく説明できていないけれど、
囲碁は、余白の中で余白を展開するゲームだと思いました。
まるでゲームプレイのなかで改めてゲームデザインし直しているようです。

古風と思っていた囲碁が、ここまでアバンギャルドとは思いもしませんでした。



もうひとつ
なぜ僕がテレポー塔のようなデザインに惹かれたのか、その答えも明確になりました。

■二つの相反するものを受け入れ、その境界に新たな世界を見るのが日本の方法だ

という点です。
我が意を得たりという感じで、正剛さんの洞察に恐れ入ります。

2012/05/11

2012/02/09

雑記1

住まいの引越しの準備を進める。

ここ8年はホントに引越しが多くて、次が7件目の住まいになる。
次の家にはどれだけ住むのかな。

今の住まいには一年間お世話になった。ありがとう住まい。



こちらに来る前に荷物を全て実家に預けて、軽い身なりで引っ越してきたのだけれど、
ここ1年で書籍が6箱溜まった。

一般人としては多すぎ、読書家としては少なすぎる量で、
なかなか悩ましいポジションだ。
でも本は好きです。

特筆するものがあるとすれば
パウル・クレーの「造形思考 上・下」を買ったこと!
これは大事にしなくちゃ。

画家 クレーの凄いところは、精緻な芸術理論を構築しちゃうほど研究者然としているのに、
彼の作品そのものは、シンプルで感覚的に気持ち良い、というところ。
こういうふうに作品が作れたらなあ。


ゲームデザインの観点から「造形思考」を読む、とかやってみたいね。
日本で2, 3人くらい需要があればいいんだけど。

2012/02/06

「カオス」というゲームについて

自分の好きなゲームは何だろう、と考えてみる。

すると、昔遊んだ「カオス」というトランプゲームを思い出した。
僕はこれが一番好きかもしれない。
ということで、超マイナーゲーム「カオス」の紹介です。


2011/12/26

M.C. エッシャーについて

M. C. エッシャー  の描いた作品がとても好きです。
観ているとふわふわして頭のスイッチがカチッと切り替わる感じがする。

彼の作品は、紛れも無くゲームだと思います。
「好きなゲームは?」と訊かれたら「エッシャーの『上と下』!」 とか言ってしまいたい。

観ていて飽きないし、観るたびに新しい発見がある。
エッシャーの絵はプレイアブルです。


エッシャーの残した文章のなかで、大好きな一節があるので下記の通り引用します。
彼が、一人で黙々とタイルパターンをやっていた頃の文章です。
これを読むと、エッシャーはゲームデザインをしてたんだなあと分かります。

彼の作品は絵画芸術のメインストリームから外れているため、彼は常に苦しい境遇にあった、と言われることが多いです。
でも、創作の楽しさがいつも彼と共にあったのは間違いありません。

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 "最初は自分で自分の図像を体系的に生み出せる可能性があるなどとは、まったく思ってもいませんでした。「ゲームの法則」については何ひとつ知らず、ほとんどやみくもで、小さな合同な図形がなんとかして動物の形になるように試みたものです。

 このテーマに関する文献を数学には素人の私にも分かる範囲で読んだりして、次第に新しいモチーフをデザインするのが容易になってきたのです。それというのも自分流のアマチュア理論を考えだそうと、可能性をあれこれ探ったためだと思います。

 新しいモチーフをデザインすることは、極度に熱中させる作業で、ほとんど中毒のような状態となり、そこから自分を引き離すのが時には困難なほどでした。

 流れに乗っていない船を漕ぎ進めるのは、なんと遅いことでしょう。
 しかしその価値が全ての人に受け入れられると、その後継者が仕事を続けることはなんと容易なことでしょう。

 個人的な実験は、ちょうど自分自身で基礎をつくり壁を立てなければならなかった建物のように、それがぼろぼろの小屋になるまで持つ見込みがあると思いがちで、仮にそうなってからでも、他人が建てた宮殿に住むよりも、そこに住むことを選ぶものなのです。"


『無限を求めて   エッシャー、自作を語る』 M.C.エッシャー著

2011/10/16

新作について10

今日はロートレック展に行ってきた。
版画作品が主だったので、本物の筆致とか鬼気迫る迫力とかはないんだけど、
大胆な構図とベタッとした色が目を引いて、さすがロートレックだ好きだーと思った。
ロートレックの絵に囲まれる空間って、なんか至福。ゴロンとしたかった。

どの人物画も表情が変てこで愛らしい。
ある人は白目になっているし、ある人は顔が引き攣っている。
ある人は顔の真下からライトで照らされた挙句、鼻の穴がひらいている。
人物画というよりも、キャラクター画といった様相で、みんな生き生きしている。
こんな風に不細工な表情に描いてもらえたら、モデルも嬉しいだろうなあ。

楽しかったです。



新作について、ようやくようやくイメージが固まってきた。
いまから自分が作ろうとしているものを、一言で表す言葉が必要だったんだけど、
それが見つかった。

このゲームは「万華鏡」っぽくしよう。

角度によって見え方が変化していく感じ。
出せるといいなあ。

2011/07/16

パラモデル

今日は「パラモデル」というアート・ユニットの作品集を買ったんですが、心に刺さるものがあったので紹介します。

・パラモデルについて
林泰彦さんと中野雄介さんの二人組。
こんな作品を作っておられます。
http://pingmag.jp/J/2007/09/28/paramodel/

何だこの青い線! と思ったらプラレールでした。

重力を無視して縦横無尽に走る青い線路。なんかいいです。
現代アートは詳しくないんですが、これは誰にでも刺さるアイデアと思いました。
あとは「間取りのお化け」みたいなのがたまらなく好きです。

すでにトップランナーに出てるんですね!