2012/01/16

筒井康隆さんの話になると長文を書きたくなる病

筒井康隆さんの小説についてメモ。


新作について15

新作ゲームのため、数学やらパズルやら絵画やらの書籍をあたって
ネタ作りをしてます。

「トポロジカル宇宙」根上生也 著   という本を読んで、
「空間のねじれた流れ」という考え方がゲーム的にありかも、と思いました。

空間をねじる、という操作はセカンドアイデアとして行けそうな気がする。
ぼんやりと全体像が見えたかも。


ビジネスを度外視して、ゲームそのものの出来を考えたとき、
以下の4つをどれだけ担保できているかがゲームの価値を決めると考えてます。

1. 新しさ
2. 楽しさ
3. ルールの単純さ
4. ゲームの多様さ

1と2は、ゲームを芸術媒体として捉えた場合。
3と4は、ゲームを数理モデルとして捉えた場合。
単純な公理系(ゲームルール)から、無数の定理(盤面・ステージ)が生まれるのが理想的です。

人によってどこを重視して作るか/遊ぶかが異なるので、本当に多様なゲーム形態が生まれます。

僕は最低限1と3を担保したい、と思って作ってます。
2と4はいわゆる「レベルデザイン」の領域で、経験が大きくものを言いますね。
まだまだ苦手です……。

上記のように、ゲームは芸術と科学の融合領域なので、
あらゆる芸術や学問がゲームの守備範囲になります。
そう考えれば、ネタ切れの心配はないはず。 きっと。

2012/01/11

2011年のベストゲーム

2011年は「Portal 2」「みんなのリズム天国」が素晴らしかったです。

Portal 2は、絶対に外さないぞ!という制作者の気負いが、とても良い方向に作用していると思いました。
期待通り楽しめました。

みんなのリズム天国は、老若男女を問わず楽しめることは周知の通りですが、
是非、コアゲーマーに遊んで欲しい作品です。



「リズム天国」は、すべての音楽ゲームの中で一番面白いと思ってます。
次点は「パラッパラッパー」です。

これらのゲームは、ミスしたときの演出が良いですね。
タイミングがずれると、キャラクターが露骨にイヤな顔をしたり、マヌケな音が出たりする。
あなた、間違ってますよ!のフィードバックがきちんと返ってきて嬉しくなります。

もちろん、上手くいったときはなお嬉しく、音楽にカチッとハマる感触がたまりません。



リズム天国は、最近の音楽ゲームと比べるには勿体無い作品です。

最近、アリモノの音楽に合わせて、ナリモノを鳴らすゲーム がいくつか登場しています。
音楽だけで閉じているし、ゲームだけで閉じている作品です。

もちろん、音楽の楽しさ、ゲームの楽しさはそれぞれ担保されていますが、
そこに、ゲームの発展はあまり感じられません。

リズム天国は、「作曲がゲームデザインと直結している」点が優れています。
音楽のなかに「ゲームルール」が押し込まれている。

そのため、音楽ないしゲームだけでは達成できない、あの独特な面白みが生まれています。

2011/12/26

M.C. エッシャーについて

M. C. エッシャー  の描いた作品がとても好きです。
観ているとふわふわして頭のスイッチがカチッと切り替わる感じがする。

彼の作品は、紛れも無くゲームだと思います。
「好きなゲームは?」と訊かれたら「エッシャーの『上と下』!」 とか言ってしまいたい。

観ていて飽きないし、観るたびに新しい発見がある。
エッシャーの絵はプレイアブルです。


エッシャーの残した文章のなかで、大好きな一節があるので下記の通り引用します。
彼が、一人で黙々とタイルパターンをやっていた頃の文章です。
これを読むと、エッシャーはゲームデザインをしてたんだなあと分かります。

彼の作品は絵画芸術のメインストリームから外れているため、彼は常に苦しい境遇にあった、と言われることが多いです。
でも、創作の楽しさがいつも彼と共にあったのは間違いありません。

----------




 "最初は自分で自分の図像を体系的に生み出せる可能性があるなどとは、まったく思ってもいませんでした。「ゲームの法則」については何ひとつ知らず、ほとんどやみくもで、小さな合同な図形がなんとかして動物の形になるように試みたものです。

 このテーマに関する文献を数学には素人の私にも分かる範囲で読んだりして、次第に新しいモチーフをデザインするのが容易になってきたのです。それというのも自分流のアマチュア理論を考えだそうと、可能性をあれこれ探ったためだと思います。

 新しいモチーフをデザインすることは、極度に熱中させる作業で、ほとんど中毒のような状態となり、そこから自分を引き離すのが時には困難なほどでした。

 流れに乗っていない船を漕ぎ進めるのは、なんと遅いことでしょう。
 しかしその価値が全ての人に受け入れられると、その後継者が仕事を続けることはなんと容易なことでしょう。

 個人的な実験は、ちょうど自分自身で基礎をつくり壁を立てなければならなかった建物のように、それがぼろぼろの小屋になるまで持つ見込みがあると思いがちで、仮にそうなってからでも、他人が建てた宮殿に住むよりも、そこに住むことを選ぶものなのです。"


『無限を求めて   エッシャー、自作を語る』 M.C.エッシャー著