2014/02/16

「さち子」の作曲をみてみよう (Lamp「ゆめ」より)

Lampの「さち子」を耳コピしてみました。(暇なんです)

聴き取りのために何度も聴いたのですが、やっぱり好き。
以下に、「さち子」の中身を見ていこうと思います。

 追記:
 別記事に、「雨降る夜の向こう」と「八月の詩情」のコードワークについて書きました
 興味ある方はこちらもどうぞ。
 ◆Lamp「雨降る夜の向こう」「八月の詩情」のコードを聴こう
 http://kaho-ss.blogspot.jp/2015/02/lamp1.html




  • コード譜

耳コピしたものをコード譜にするとこうなりました。
もちろん、僕の音楽能力だと全く聴き取れないので、割りきって書いています。

※1 実コードネームでなくローマ数字で記載
※2 耳コピのため、原曲のコードとは大きく異なります
※3 メロディーもテンション音として含めています


  • 前提
■Lamp - さち子

Lampは、なぜ複雑なコードを使うのだろう。
それはおそらく、甘い音楽を作るためです。

・お菓子を例にあげると

コード進行の世界には、甘い音楽=甘いお菓子をつくるための
「砂糖」がいくつもあります。
例えば「王道進行」「カノンコード」が有名です。僕も好きです。

一方Lampの多用するディミニッシュコードやオーグメントコードは、
「塩」みたいなものです。

それ自身は甘くなく、単体で鳴らすとしょっぱい音がします。
なので、特にポップスだと使いにくい。

でも、甘さの中にひと摘みの塩を効かせることで、甘さが引き立ちます。
塩の対比効果と呼ばれるものですね。
上手く使えば、砂糖の甘さを超えることができる。

これと同じことが、コードワークでも言えます。
単体では小難しく聴こえる和音でも
うまく組み合わせることで、目も眩むような甘さを作り出すことができる。

Lampは複雑なコードをうまく操ることで
とびきり甘いポップスが書けるわけですね。


  • 楽曲構成

はじめに楽曲の構成から。
流して聴くとすんなり聴けてしまうのですが、とても凝っています。
主にA、B、Cの3つのパートの組み合わせからなります。

1番.   A1   B1   C1   D
2番.   B2   C2   A2   E
3番.   B'3  C'3   F

  A   : Aメロ(前奏)  フルートパート
  B   : Bメロ            女声パート (なつのおわりのー)
  C   : サビ      男声パート (いまー)
  D,E : 間奏
  F   : 後奏

順番に見ていくと、

■1番はA B Cの並び。

■2番はなんとB C Aの並び。

前奏A2が再登場します。永井さんの「いつかはこんな風に-」の所。
冒頭、フルートで奏でていたフレーズが再度歌われます。
ここに前奏が回帰するとは驚きです。

C2→A2という流れは、あまりにも自然に接続されているため、
一聴して気づかないほど。

前奏のAパートは、
A→Bの連結だけじゃなく、C→Aの連結もうまくいくように
計算されて生み出されたフレーズになっています。
離れ業です。

そして、最後は3番です。

■3番はエンディングに向かってのB、Cの変奏。

B'3 は、男女コーラス「あー」 のみで歌われます。
こんなポップスってあるだろうか。「あー」だけって。
僕はここが一番好きです。
(追記:ライブで聴いたら 「だばだー」な感じでした。いいなあ)

C'3 は、途中で全く新しいメロディーへ移行します。
コーダの盛り上がる感じ。
サビのメロディーを、更にブラッシュアップするような動きを見せます。

楽曲の構成だけ見てもアイデア満載ですね。
こだわりが見て取れます。



  • コード進行①半音上行クリシェ

Lampのコードの特徴は、オールラウンダー、という感じです。
過去のポップスの文法(=砂糖から塩まで)を余すところなく扱っています。

そのため、Lampのコードを分析しようと思うと、
ポップスの文法そのものの説明に近くなり、扱いきれません…。
今回は、特徴的なコードのみ取り上げることにします。


前奏Aパートの7、11小節目に特殊なコードがあります。

・7小節目    IIm7    →  IIm△7     (レ・ファ・ラ・ → レ・ファ・ラ・ド♯

・11小節目   IV△7  →  IVaug△7    (ファ・ラ・・ミ → ファ・ラ・ド♯・ミ)

コードを構成する音の一つが、ド→ド♯ (実音でE→F) と動いています。
聴き手は、「この音は何処へ行くんだろう?」とドキッとします。
内声の一音が動くことをクリシェといいます。

一度聴いたら耳から離れない音です。
ド♯の音は不協和で、一瞬、不安や切なさを感じさせます。

このコードは、ポップスではめったに聴かれませんが、
ブラジル音楽の巨匠、トニーニョ・オルタの楽曲で登場します。

■Toninho Horta - Manuel, o Audaz
0:29, 0:49, 1:04 など。共通するギターの動きがわかるでしょうか。
胸が締め付けられる音です。

さち子作曲者の染谷さんは、トニーニョ・オルタを敬愛しており、
トニーニョ・オルタの音楽が、さち子を生み出した原動力となったのだろうと思います。
(キーもE-Majorで共通しています)

このコードによって、切なげな甘さをつくっているんですね。



  • コード進行②ディミニッシュコード
サビのコードをみてみます。
サビの最も盛り上げるべきところで、3つのディミニッシュコードが使われています。
・43小節目     ① bVI dim7
・44小節目     ② V dim7
・46小節目     ③ bIII dim7

一般的な感性だと、ディミニッシュコードはワンアクセントで経過的に使うもの、
という印象があるのですが、
Lampでは驚くことにメインエンジンになっています。

ディミニッシュコードは
単体で聴くとお化けでも出そうな変な和音なのですが、
さち子ではこれ以上ないくらい感動的な音で響いています。
すごいなー。Lampマジックです。

参考:ディミニッシュの使い方 -1- (yoshikazu sagitani様)

ディミニッシュコードというのは、和音の積み上げ方が特殊なため
全部で3パターンしかありません。

なんと、この3パターンがサビの①②③に該当します。
利用できる全てのディミニッシュコードを、
たった数十秒のサビの中に余すところなく突っ込んでるんですね。

ディミニッシュから得られる響きを使い尽くす発想です。
ロマンチック。

青字の#IVm7b5 は、ハーフディミニッシュとよばれるコードの類で
これもまたディミニッシュの仲間です。
心を掴まれる切ない音がします。

サビに使えるコードってまだまだあるのだなあ。
こういうLampの挑戦を聴くと、音楽はまだまだ深いなあと感じます。

(2014/03/21 追記)
作者の染谷さんのブログに、ディミニッシュコードに関する記載がありました。
書かれたのは2004年、もう10年も前の記事です。

■こぬか雨はコーヒーカップの中へ「ビートルズとディミニッシュコード」
http://lampnoakari.jugem.cc/?eid=62

Lampのディミニッシュコードへのこだわりは、
ビートルズに端を発するところがあるのですね。

George Harrison - Isn't It A Pity
この2つめのコードがディミニッシュの音です。
なんともいえず切なくて好きな音です。

この染谷さんの記事には、
「dimコードは全部で3種類」という記述もありました。
やっぱり「さち子」では、意図的に3種類使ったのだろうと思います。

また、今回詳しく触れませんでしたが、
ディミニッシュコードは、永井さんの楽曲で顕著にあらわれます。
名曲「ひろがるなみだ」のサビにも出てくるので注意深く聴いてみてください。


  • アレンジ
「さち子」を聴いていると、サビでふわーっと開放感がでる感じがしますね。
その理由は、ベース音の使い方にあると考えました。

A,B,Cパートの冒頭は、コードが「I」で キーが「E-major」なので、
ベース音は共通の「E」音で始まります。

ただし、よく聴いてみると、オクターブが異なります。

Aパート冒頭  :  E2
Bパート冒頭  :  E2
Cパート冒頭  :  E1 (1オクターブ低い)

C(サビ)冒頭のベース音だけ、
ほかのパートより1オクターブ低い、E1という音程で始まります。

つまりサビに入ると、急にベース音がドンっと下がるので、
音域が広がった感じ=開放感 を聴き手に与えているのです。
ほんとに丁寧に作られていますね……。

このE1という音程は、4弦ベースの最低音(4弦の開放弦)にあたります。
初めてベースを触ったとき出す音がE1なわけです。
その音がサビに鳴り響くのはなんだかロマンチックでいいですね。
原点回帰の感じ。




  • おわりに

さち子一曲だけで、いくらでも語ることが出てきそう。
それくらい丁寧に作られている音楽なんですね。
アイデアが盛りだくさん。

Lampでよく言われる「複雑なコード」「ブラジル音楽から影響を受けた」
といった部分がほんの少し具体的になりました。

Lampの音楽は、何も考えずに没頭して聴くこともできるし、
考えながら聴いても多くの発見があります。

結論:好き


**

いつかLampのコード譜が発売されないかなと期待しています。

音楽に詳しい方いたら、
16小節目の「III」のコードの解釈教えてください。ここでベースがIIIってなぜだろう。


  • その他記事

◆Lamp「雨降る夜の向こう」「八月の詩情」のコードを聴こう
http://kaho-ss.blogspot.jp/2015/02/lamp1.html

「雨降る夜の向こう」と「八月の詩情」のコードワークについて書きました。



6 件のコメント:

  1. 相対性理論(真部脩一さん)の音楽が好きで、
    以前からブログを読ませていただいていましたが、
    はじめてコメントをさせていただきます。
    (このブログをきっかけにLampを聴いて以来、
    自分もどっぷりLampの音楽に浸っています。)

    『ゆめ』では「さち子」はもちろんですが、
    今は「A都市の秋」に夢中です。
    私は音楽理論に関する知識はほぼありません。
    けど、Lampの曲は「心地良く感じるのはこの音があるからなのかなぁ」などと、素人でももっと深く曲を味わいたいと思わせてくれます。
    (聴いていてとにかく気持ちがいい。美しいですね。)

    Lamp以外でもkahoさんが紹介されていたバンドや曲を聴くことで、
    音楽そのものがより好きになりましたので、
    また何か新しくオススメの曲やミュージシャンが見つかりましたら、
    ブログで紹介していただけるとうれしいです。

    個人的には最近日本デビューした「Let's be Loveless」というバンドが気に入っています。https://soundcloud.com/letsbeloveless
    (ご存知でしたらすみません。。。)

    では、突然のコメント失礼しました。

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    1. こんにちは。Lampを気に入っていただけたんですね、良かったです。
      紹介記事を書いた甲斐がありました。

      A都市の秋は、後半部分の
      「アルーファー都ー市ー \テーテッテーン/ 」のところが大好きで
      何度も聴いてしまいます。
      Lampの曲の中では特に歌詞も上手く書けていて、
      視覚に訴える感じがあって面白いですね。シネマ感があります。

      Lampの曲は、普段聞かないような特別な音が使われていたりしますので、
      Lampを聴いているうちに、聴ける音楽の幅が増えていくはずと思います。
      じっくり付き合いたいですね。

      これからもお気に入りの曲を紹介できたらと思いますが、
      「気に入った作曲者の作品だけをずーっと聴く」のが好きなので、
      最近の音楽事情など、あんまり詳しくないのです……。
      むしろコメントなどで教えて頂ければ幸いです。

      Let's be Loveless、リンク先より聴いてみました。
      露骨に好みな音でした。カーディガンズの直系な感じがします。
      相対性理論好きな方はみんな気に入りそうですね。

      Soundcloudに貼ってあるなかでは、ギターポップっぽい音が好みで、
      「Assassination」がお気に入りです。
      Lampもまさにそうですが、可愛げのあるボーカルがアクセントになっていますね。

      削除
  2. 「さち子」の分析の記事、とても楽しく読ませていただきました。ここまで細かく研究してもらえると、作曲者の方もさぞ嬉しいだろうなと思います。
    こんなにも凝りに凝ったコード進行の素晴らしさを、もっと多くの人が感じてくれたら良いのにな…と願ってしまいます。なかなか普通は聴き流してしまうものですもんね…。


    「さち子」の分析について、僭越ながら、私なりに考えた点を挙げさせて頂きたいと思います。

    まず、A2の部分について、A1とほぼ同じ進行なので上のコード譜では省略なさっていると思うのですが、
    ”いつかはー こんな風「に」”の「に」の部分(97小節目)の、
    ”Ⅳ#/Ⅲm7”(アッパーストラクチャートライアド)がめちゃくちゃ凝っているように感じます。ポップスではなかなか聴けないようなハーモニーなので、とても好きな箇所です。


    また、”おわりに”でおっしゃられていた16小節目に関してですが、前の小節のベース音(Ⅲ)を残している形なので、いわゆるペダルポイントの一種(ただし2コードにのみまたがる短い形)と解釈できるのではないかと思います。

    ちなみに、この曲の私の個人的な一番のツボは、最後のサビ(C3)の138小節目、一瞬だけF minor(もしくはAb Major)に転調する所(♭Ⅱm7の部分)ですね。あそこは初めて聴いた時かなり衝撃を受けました。


    突然のコメント、並びに長々と駄文をすみませんでした。これからも、音楽の複雑な、魔法のような技巧について色々と紹介していただきたいです。楽しみにしています!


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  3. 小坊主さん、お読みいただき誠にありがとうございます。
    さち子の記事にコメントいただけて、とてもうれしいです。

    こんな風「に」の音、確かに2番の和音は怪しく美しいですね!
    僕の耳コピ音源だと、ここが十分に鳴っていない感じがしますね。ご指摘嬉しいです。

    ご指摘の和音、#IVm /IIIm7 という感じでしょうか?(#IVはマイナーでしょうか)
    ミ ソ シ レ ファ# ラ (IIIm11) までは聞こえました。ラ(11th)の音がなんとも言えず美しいです。
    ただ、僕の耳だともう一つ上の13thが聞き取れませんでした……。
    II△/IIIm というように聞こえました。


    16小節目のIIIは、ペダルポイントと見なせばよいのですね。ありがとうございます。
    まさかここにコメントいただけるとは思ってもみず、とても感動しております。

    もともとIIIaug(#9)みたいな変なコードネームしか浮かばなかったのですが、
    今聴くと、IVm△7(9) を第3転回形にした「IVm△7(9)/III」という表記の方が
    ペダルポイントを作っている感じも出て、機能的に理にかなっているかもと感じました。


    最後の138小節目、私もここが大好きで、いつも「壁/限界が打ち破られた」という感じを覚えます。
    とても遠い転調のようで、それでいて信じられる和音だなと感じていました。
    ただこれを書いた当時はこの部分はわからず、記事にかけませんでした…。

    こちらも今聴くと、ひとつ前のbIIIdim7が、bVI7(b9)の根音省略だから、
    bVI7(b9)→bIIm7 で自然に転調しているのかも、と感じます。ほんとに素晴らしいですね。

    小坊主さんのコメントでまたいくつも発見があり、
    聴くたびに好きになっていく曲だと改めて感じます。ありがとうございます。

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  4. ご丁寧な返信、ありがとうございます!

    確かにおっしゃる通り、97小節目の部分、ローマ字記譜でII/IIImですね…!
    何故か上の和音だけ原曲キー基準(実音)で考えてしまい、ごっちゃになってしまいました(笑)。


    記事の内容とはずれてしまいますが、kahoさんの他の記事も読ませていただき、一人で感動しています笑。特に、フランス近代音楽や現代音楽作曲家の記事など、音楽に対する深い愛情の念が伺い知れ、食い入るように読んでしまいました。
    これからも、いろいろなエントリー楽しみにしています。

    過去のコメント欄でのやりとり、大変失礼いたしました!

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  5. すみません、また間違えてますね笑。上の和音だけCメジャー基準で考えてしまってた、の間違いでした。どうでもいい話ですが、すみません笑。
    あと、私もラヴェル大好きです!

    重ね重ね失礼いたしました。(^_^;)

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